山形のそばの歴史

蕎麦が何時頃からあったのか?

様々な文献がでていますが、種子として記録にあるのは縄文時代の前期と推定されています。
食としての蕎麦の歴史は、1600年ころの文献に食されていたということが記載されていますが、
明確な記録は存在していません。

かつては、醤油も高価なものであり、現在のような食べ方をしたのは、
江戸時代の中期ではないかと推測されています。

さて山形では、何時頃から食されていたのだろうか?
1684年の頃、江戸で「そば切り」が売られその4.5年後にはその技術が伝わっていたと言われています。

お店としては幕末に県内に蕎麦屋があったという記録がある程度で、営業店としては、明治以降になるのではないでしょうか?

蕎麦と一言でいっても、白く透明度が高いそば(更科系)や田舎そば(挽きぐるみ)、
十割・二八・七三など、つなぎのないもの、つなぎも小麦粉または山芋など様々です。

各お店で調合して味を出しております。

今ではTVでお紹介され、名物になった内陸部で多いゲソ天付き蕎麦、谷地の肉蕎麦、
東根・村山地方の板そば、庄内地方のそねなど様々なものがあり、
日本国内の蕎麦通には堪らないものになっております。

今、国内の玄そばは、収穫量が少なく海外産(アメリカ・カナダ・中国など)に頼っているのが現状で、
日本を代表する「そば食」が、海外産の原料が主というのも悲しいですが、
国内の生産も少しずつ増えつつあります。

当店でも、国内産と村山産の玄そばをブレンドし使用しております。

もう一つ・・・
内陸地方では、「中華そば」は、おもてなしの食事でありました。
来客があれば、「中華そば」でおもてなしをするという風習があり特別な食という歴史があります。
是非、山形の様々な蕎麦をお楽しみください。